寝殿造【平安時代】
12月 14, 2013 — 0:00

「寝殿造」とは日本の伝統的な木造住宅の建築様式の一種です。
おそらく日本史に詳しいかたなら、すぐに平安時代に作られた貴族のための屋敷としてイメージが浮かぶかとは思います。

あまり日本史に詳しくはないという人であっても、「源氏物語」や「枕草子」の舞台となった場所と言えばある程度はどんな感じの建物かということを思い浮かべることができるのではないでしょうか。

寝殿造りについてもう少し詳しく説明をすれば、平安時代(794年~1185年ころ)に一般的に建築されていた高位貴族のための屋敷で、中心的な建物を広い敷地の中央に建築し、それを取り囲むようにして東西に対屋(たいのや)という付属的な建物を創り、奥に北対(きたのたい)を作ります。

建物は南向きに作られ、南側には広い庭と池を配置するのが特徴となっています。

寝殿造りに居住することが許されていたのは平安京の三位以上の貴族となっており、もっとも典型的な作りをしていたのは「東三条殿」と呼ばれる藤原良房邸でした。

建物内部には平安時代の貴族屋敷としておなじみの御簾(みす)や几帳(きちょう)といったものがあり、現在でいうパーテーション的役割をして空間を仕切りながら部屋が使用されていました。

内部に家具を全くおかない状態の寝殿造りでは、内部はがらんとしただだっ広い空間となっています。
平安時代は長かったため、途中で基本的な寝殿造りの建築方法なども少しずつ違ったものとなっていきました。

初期のころの寝殿造りでは、建物は中心の建物である母屋(もや)をはさむようにして左右対称に建物が作られていましたが、のちには非対称の建物も増えていきました。
寝殿造りの屋敷一つにかかる敷地面積は約120m四方と言われていますから、かなり広大な敷地を使って贅沢に作られた屋敷ということがわかります。

寝殿造りは平安時代が終わってからも鎌倉時代以降に建築されることはありました。
ですがそれまでの貴族文化が終わり武家中心の文化が成熟していくことで、室町時代後期から江戸時代初期にかけて「書院造り」という形式に主流が移り変わっていくことになります。

この書院造りはそれまでは禅僧の居間兼書斎として使用されてきた、部屋を一室ずつ区切ってつくる方法であり、そこに床の間や違い棚、付書院といったものをつけるようになったことで武家屋敷らしく変化していきました。
現在日本の木造住宅の建築様式のもとになっているのは書院造りの方です。